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昌慶宮
韓国語名창경궁
韓国観光公社の公式翻訳 原文を見る
昌慶宮(チャンギョングン)は世宗大王(セジョンテワン)が王位を退位し上王となった太宗を迎えるため、1418年建てた寿康宮(スガングン)がその始まりです。以降、朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン)の施政になり、第7代の王・世祖(セジョ)の后・貞熹王后(チョンヒワンフ)、世祖の子で即位することなくこの世を去った徳宗(トクチョン)の后・昭恵王后(ソヘワンフ)、第8代の王・睿宗(イェジョン)の后・安順王后(アンスンワンフ)を迎えるために明政殿(ミョンジョンジョン)、文政殿(ムンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)を建て、昌慶宮と命名されました。
昌慶宮には辛い歴史が数多くあります。壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の時には建物が全焼し、 李适(イ・グァル)の乱や丙子胡乱(丙子の乱)の時にも禍を受けました。朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン)の時代の仁顯王后(イニョンワンフ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)、朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ)の時代、英祖の次男で米櫃に閉じ込められ死に至らしめられた思悼世子(サドセジャ)の逸話などが昌慶宮に残されています。
史跡・昌慶応宮は日帝強占期に日帝により昌慶苑に格下げされ、動物園になってしまいましたが、日帝の残滓をなくすべく韓国国民の努力により1987年から古の本来の王宮の姿を取り戻しました。
弘化門(ホンファムン)、朝鮮王朝の正殿の中で最も古い建物である明政殿(ミョンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)、養和堂(ヤンファダン)、春塘池(チュンダンチ)などがあり、陸橋を渡って宗廟(チョンミョ)とも行き来ができます。
主な文化財
- 弘化門(宝物)、 明政門(宝物)、明政殿(宝物)、通明殿(宝物)、玉川橋(オクチョンギョ宝物)
詳細案内
- 入場料
- - 個人: 1,000ウォン
- 団体(10人以上)800ウォン - トイレ
- あり
バリアフリー旅行情報
韓国語から機械翻訳しました。
移動
- 駐車場
- 駐車場が工事中(2027年まで)
- アクセス路
- アクセスで使いやすい
- 車いす
- 車いすレンタル可能(案内ブース、3台)
- 出入口通路
- 注出入口無段車観覧銅線内全角入口ごとに傾斜で設置されている
- トイレ
- 男女障害者トイレ有り(紅花門左側と関川台裏側、大温室裏側)男女共用障害者トイレ有り(管理事務所右側)
視覚
- 点字パンフレット
- 案内所に点字の案内文あり
乳幼児連れのご家族
- ベビーカー
- ベビーカーレンタル可能(4台、紅花門左側案内ブース)
- 授乳室
- 授乳室あり(紅花門右側、普段は施錠しており、ご利用の際は案内所に要請する必要があります)おむつ交換台、赤ちゃんベッド、ソファなどが備わります。
- その他の設備
- おむつ交換台あり(授乳室と紅花門、関川台、大温室の隣の女性トイレ内部)
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